【声明】

有罪判決を破棄し、高裁へ差戻した 最高裁判決について

 2022年2月18日、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は、乳腺外科医師えん罪事件において、外科医師を懲役2年の実刑とした高裁判決を破棄し、審理を高裁へ差戻す判決を出しました。最高裁自ら外科医師を無罪としなかったことはきわめて遺憾ですが、差戻し判決自体は稀なことであり、高裁での無罪獲得に向けた重要な一歩です。

 最高裁での逆転を勝ちとるために、無実を訴え続けた外科医師とご家族、たゆまぬ努力と献身的な弁護活動を継続された弁護団、10万筆を超える署名や募金で運動を支えていただいた全国の支援者、医療関係者、諸団体の皆さんに心から敬意を表するとともに、差戻し審で確実に無罪判決を勝ちとるため、引き続きのご支援をたまわりますようお願い致します。

 事件は、2016年5月、東京都足立区の柳原病院で右胸から乳腺腫瘍を摘出する手術を執刀した外科医師が、女性患者から「術後に左胸を舐めるなどのわいせつ行為をされた」と訴えられたものです。一審の東京地裁は2019年2月、女性患者の訴えは、麻酔覚醒時のせん妄の可能性が十分にあり、検察が提出したDNA定量検査及びアミラーゼ鑑定についても女性供述の信用性を補強する証明力が十分ではないとして、無罪判決を出しました。

 しかし、東京高裁は、DSM-5などの国際的な診断基準にもとづいた専門家証言を退け、自ら「せん妄の専門家ではない」と述べた検察側医師の証言を採用して「女性患者はせん妄状態になく、証言は直接証拠として信用できる」とし、また、DNA定量検査などについても「検査結果を検証できないからといってその信用性がただちに損なわれることにはならない」などと補強証拠としての信用性を認め、有罪判決を言い渡しました。

 今回の最高裁判決は、せん妄とDNA定量検査という重要争点について、まず、せん妄に関しては逆転有罪の最大の根拠となった検察側医師証人の見解が「医学的に一般的なものではないことが相当程度うかがわれる」としてその信用性を否定し、「せん妄の可能性が十分」にあるとした一審判決を事実上支持しました。これは弁護団の精力的な立証とともに、この間、日本医師会、日本医学会をはじめ全国の医師や医療団体が医療現場でのせん妄の実態を知らせ、社会的な理解を広げる中で勝ちとられたものです。

 一方で、DNA定量検査に関しては、その検査結果の「信頼性にはなお不明確な部分が残っている」ので、審理を尽くすため高裁に差戻すとしました。しかし、すでに審理は尽くされ決着はついています。一審の法廷では検察側と弁護側から2人ずつ計4人の証人が出廷し、2日間にわたって十分に審理を尽くした上で「証明力が十分ではない」と判断されました。また、科捜研は定量検査の根拠となる検量線や増幅曲線などのデータを削除し、DNA抽出液も廃棄しているので「信頼性」を検証することは不可能です。そもそも最高裁自身、検察側立証の「信頼性」に疑問があるというなら、それは検察官の立証がなされていないことにほかなりません。まさに「(検察官の立証が)疑わしいときは被告人の利益に」との刑事裁判の鉄則にてらし、ただちに無罪とすべきでした。差し戻して科捜研の鑑定手法について審理するということは事件の実態から遊離した不毛な議論にならざるを得ず、6年にわたり様々な苦難の中で無実を訴え続けた外科医師と家族にいっそうの犠牲を強いるものとして怒りを禁じ得ません。

 本来、せん妄やDNA定量検査などが刑事裁判で本格的に争われた本件において、最高裁に求められていたのは、裁判の法廷に出すことが許される「科学的証拠」とは何か、それを用いた裁判のあり方について一定の指針を示すことでもあったはずです。自らの責務と刑事裁判の鉄則に背を向けて、事件を高裁へ差戻したことは最高裁の存在意義の自己否定だと言わざるを得ません。

 たたかいの場はふたたび東京高裁になります。理不尽な差戻しではありますが、法廷内外の力をあわせて裁判所にせん妄を認めさせたことを確信にし、なによりも外科医師と家族が一日も早く平穏な暮らしを取り戻せるよう、差戻し審で無罪判決を勝ちとるため、引き続きいっそうのご支援を心よりお願いを申し上げます。

2022年2月20日 外科医師を守る会

東京高裁の不当判決に抗議する

 本日7月13日、東京高等裁判所第10刑事部は、乳腺外科医師冤罪事件の控訴審において、「外科医師は無罪」とした東京地裁の無罪判決を破棄して、懲役2年の実刑判決を出しました。私たちは、この不当判決に満身の怒りをこめて、断固抗議をするものです。

 この事件は、2016年5月10日、東京都足立区の柳原病院で右胸から乳腺腫瘍を摘出する手術を執刀した外科医師が、女性患者から「術後に左胸を舐めるなどのわいせつ行為をされた」と訴えられたものです。患者は手術時に全身麻酔をしており、「被害」を訴えたのは術後約30分のことでした。外科医師は、一貫して無実を主張していました。外科医師は2016年8月25日に「準強制わいせつ罪」で逮捕され、9月に起訴されました。逃亡・証拠隠滅の恐れがないにもかかわらず、外科医師の身柄拘束は105日間も続きました。弁護団は、「女性患者は術後せん妄の状態にあり、幻覚を見ていた可能性がある。科学捜査研究所によるDNA鑑定およびアミラーゼ鑑定は再現性・科学的信頼性がない。手術前の診療行為の際などに、外科医師のDNAが付着した可能性があり、わいせつ行為を行なったことにはならない」と一貫して主張してきました。東京地方裁判所においては、①麻酔覚醒時のせん妄の有無と程度による患者証言の信用性②DNA鑑定及びアミラーゼ鑑定に対して科学証拠としての許容性、信用性及び証明力を主要な争点として審理され、「犯罪の証明がない」として2019年2月20日、無罪判決が出されました。

 東京高裁では、「手術後のせん妄の有無」を争点として専門家による証言が行われました。審理のなかでは、豊富な診療例と国際的に確立された診断基準により「女性患者がせん妄状態であったことは明瞭である」ことを示し、事実と科学的道理にかなうのは「控訴棄却判決」=「外科医師は無罪」しかないことが明らかになりました。それにもかかわらず東京高裁は、非常識かつ非科学的な判決を言い渡しました。判決では、自ら「せん妄の専門家ではない」と法廷で言った高裁の検察側推薦の証人が独自に展開する証言を採用し、一審段階からの専門家の科学的知見を排斥する暴挙に出ました。そして、DNA鑑定及びアミラーゼ鑑定についても、データや抽出液廃棄などが行なわれて再現性・科学的信頼性がないのにもかかわらず、科捜研の検査員であることを理由に信用性を認めました。事実と科学を否定した判決であり、「有罪ありき」と言わざるをえないものです。

 外科医師の逮捕・起訴から約4年間、今でも多くの医師・医療従事者、さらに患者がこの事件に関心を寄せているのは、「麻酔覚醒時の患者証言のみにより逮捕・起訴・長期勾留されることになれば、日常の医療行為が安心してできなくなる」との懸念を抱き、それが医療現場の委縮を招き、ひいては患者の生命や健康に損害を及ぼしかねないからに他なりません。

 私たちは、事実に基づいた科学的な証明により外科医師の無実を確信し、支援を続けてきました。外科医師の無罪を勝ちとるためにご支援いただいた全国の皆さんに心から感謝を申し上げるとともに、引き続き、弁護団と手を携えながら、一日も早く無罪を確定させるまで奮闘する決意を表明します。

           2020年7月13日   外科医師を守る会

                 

東京地方検察庁の控訴に抗議する

 乳腺外科医師冤罪事件に対して、2月20日、東京地方裁判所は無罪判決を言い渡しました。東京地方検察庁は、期日間整理手続きでは証拠提出を拒んで裁判を引き延ばし、法廷では科学的な立証は追求しませんでした。東京地裁が判決で検察の主張を断罪しました。  私たちは大川隆男裁判長の道理と論理性に沿った英断を高く評するとともに、事件当初から無実を確信し、ご支援をいただいた全国のみなさんに、心から感謝申し上げます。

 しかし3月5日、検察はこの判決を不服として控訴しました。地裁判決が明らかにしたのは、むしろ検察の主張の不合理性であり、この控訴は、本来必要な女性患者の精神的ケアを放置し、外科医師とその関係者に様々な負担をかけ、医療現場の不安を増大させるだけの、全く筋の通らないものです。私たちは検察が控訴したことに強く抗議します。

 裁判での専門家証人の証言と記録から、医学的に女性患者が術後せん妄だった可能性が高いことは明らかです。判決では、女性患者の証言は具体的で迫真性に富んでいるものの、術後せん妄の可能性があること、証言を肯定するためには独立した証明力の強い補助証拠が必要であると述べています。検察は補助証拠として、女性患者の乳房を拭ったガーゼ片から出たアミラーゼ反応と検出された外科医師のDNAの量を鑑定書で提出しましたが、科学捜査研究所が作成した鑑定書は杜撰でとても科学的と言えるものではなく、裁判所は補助証拠の証明力は十分ではないと断じました。そして事件があったとするには合理的な疑いをさし挟む余地があるとして無罪判決を言い渡したのです。東京地裁の判決は当然のこととして、広く支持されています。

 病室の状況からも、乳腺外科医としての動機からしても、事件性は全くあり得ません。 この事件は警察・検察の見込み捜査が生んだ冤罪です。乳腺外科医師本人のみならず、医師の診察をうけている患者や、裁判の長期化で被害の記憶が固定してしまった女性患者、皆が被害を受けています。結果的に不利益は患者、国民が被ることになり到底許されることではありません。正当な医療行為が、このような杜撰な証拠で引き続き振りまわされるようでは安心して医療者が命を守ることが出来なくなります。

  私たちは、外科医師の無罪を確信し、東京地方検察庁の控訴に断固抗議します。

              2019年3月6日  外科医師を守る会